5月24日: 音楽とインターネットと暗号と私 〜お土産は吹き矢 バスの駅から放つ〜

 P-MODELの『サイボーグ』という曲がとっても好きだ。今年に入ってから、ヒカシューP-MODELPLASTICSといった日本名テクノを聞き漁っているのだけど、個人的にはP-MODELが1番好きだ。とりあえず、それぞれのグループから好きな曲を挙げてメモしておこう。まず、ヒカシューは『プヨプヨ』『丁重なおもてなし』『20世紀の終りに』『日本の笑顔』。P-MODELでは『カルカドル』『サイボーグ』『ENOLA』。PLASTICSでは『IGNORE』『DIGITAL WATCH』『PATE』。

 音楽遍歴をまとめようと思ったけど、死ぬほど長くなりそうだから躊躇っている。いつか書けたらいいな。とにかく小学生の頃は軍歌、特に、ソビエト社会主義共和国連邦の国家・軍歌がとても好きだった。『聖戦』という曲が1番好きだ。当時は(もう?!)共産趣味にかぶれていて、Yahooブログ(ジオシティーズだったか?)でHTMLと格闘しながら『ソビエト社会主義共和国連邦』なる真っっ赤なブログを構築した。ページを開くと強制的にソ連の国家が流れるようにして、GIFのソ連兵が画面を横切るのだ。カッコイイ1ページが出来たが、文章を書く能力が大したこと無かったので、まるで自分が作った祭壇を見るかのようにたまに見てはニヤニヤする為だけにそのブログは存在した。よし、“私とインターネット”の話をしよう。

 思えば、いまのオタクたちを*1構成する要素を、当時の私は既に履修していた。クトゥルフ神話ボーカロイド、ニコニコ、ドナルド(もうとっくに下火か)、TRPG、そしてなぜか今流行りのソ連国歌。多分、同い年の人達が、自分たちが生まれ育った時のコンテンツを基に作るようになっただけなのかもしれない。それは、庵野秀明ゴジラウルトラマン仮面ライダーを作るのと同じように、私たちは、生きている間に影響を受けたものを自分の作品の1部として、望むと望まざるとに関わらず表出してしまうということの表れなのかもしれない。

 話がズレた。軍歌も好きだったけど、昔インターネットに存在したpya!というおもしろ画像などをユーザーが好きに載せることの出来るサイトにもハマってた。そこで、クトゥルフ神話をテーマにしたクリスマスソングの替え歌『The Carol of Old Ones』(https://youtu.be/1ftld7Ohojg)と出会った。それが全ての始まりだった。夜職の母親が客にせびった金でMP3プレイヤーをたまたま買って貰えたので、それにダウンロードして無限に再生していた。図書館に行って『真ク・リトル・リトル神話体系』や『小説 ネクロノミコン』を借り、漢字もまともに読めないのにかじりついて「わぁ〜!よくわかんないけどかっこいい!」という思いと、「こんなの借りて読んでる自分もちょっとかっこいいかも!」というゲスな思いが入混ざっていたのを覚えてる。よし、次は“私と「わからないなにか」”の話をしよう。

 小学生の当時、『ダ・ヴィンチ・コード』という衝撃作に出会ってから急速に「象徴を理解する」という行為の面白さにハマった私は、見事なまでの陰謀論者になっていた。図書館に行けば何かしらの十分な知識がタダで(タダで!)手に入ることを知っていた私は、ひたすらフリーメイソンリー関連の本を借りて読んでいた。ジョン王に関わることから、現代のフリーメイソンリーたちが何をしているのか、入会の儀においてどのような象徴的要素が組み込まれているのかなど、そういうのに首ったけだった。挙句の果てには、爆笑オッシャ!とかいうふざけた名前のおもしろ画像サイトや、それに併設されている(?)ナルリー掲示板というサイトで不遜にも『ダ・ヴィンチ・コード』シリーズの『天使と悪魔』という作品で、主人公のラングドン教授が最初に出会うアナグラムのデザインを担当した、John Langdon(そして見ての通りこの名前は主人公の名前と同じだ)という方の名前をHN(ハンドルネーム)として用い、陰謀論や神、スピリチュアリティについて議論し続けた。同時に、2chのオカルト板で名無しとして様々なスレを見ていた*2のはいい思い出である。2chは、幼稚な精神を持つものにはちょうどよかった。ちなみに、ナルリー掲示板のまとめサイトがあり、とあるまとめで当時の私の書き込みが取り上げられている(http://nalrysokuhou.blog111.fc2.com/blog-entry-124.html?sp)。内容としては、全く褒められた内容ではない。この書き込みは2010年だから、当時は既に中1だ。クソガキである。実は、同時期にJohn Langdonという名前でTwitterをやっていて、鳩山由紀夫に「フリーメイソンリーなんですか?」という質問を直接ぶつけるなどする迷惑な奴だった。お恥ずかしい。申し訳ない。とはいえ、中学生になるともう陰謀論への熱は自体は冷めはじめていた。それはもっと科学的な、つまり、純粋な“暗号”への関心へと変化した。陰謀論は根拠に薄いものが多く、好奇心を満足させてくれないことに気がついてからは、もはや話のタネ以上のものではなくなっていた。中2で哲学と出会い、本格的にのめり込むまでは換字式暗号としてのキリル文字*3、ピッグペン暗号*4、古代文字(気に入っていたのはヒエログリフルーン文字)を覚えて文章をずっとそれで書いたり、古代文字に関連する歴史を調べたりしていた。お陰様でエジプト文明にはとても詳しくなったが、そののち、高校になったから初めてできたリアル彼女をエジプト展に連れていったのは破局をもたらした。それはいいとして、陰謀論から暗号への関心に移った私の関心が、見事に哲学に回収される、という特殊にも見える筋道には、ひとつの一貫するものがあるように今では思う。それは、世界との断絶を通じて、より深く世界と繋がる、ということだ。私は暗号を通じて親と、他人と壁を作り、自分だけの世界を確保しつつも、この暗号を理解する誰かを欲していた。わたしは、自分の居場所を作るために暗号を使っていた。そして、わかる人にはわかって欲しかった。しかし、他国や古代の文字を知ることは、自分の周りと壁ができるように思えるが、それは知っていることが増えるということなのだから、広い目で見たら「より多くの誰かと分かり合うことが出来る」ということでもあった。つまり、私の好奇心は私の身の回りの人間との溝を深める役割を果たしながら、それでも広い世界の人間と理解し合うための糧になっていた。哲学もまた、私の知的好奇心を強く刺激し、世界の根本的な在り方、人が生きるということ、言葉の不思議さ、なぜか人間が多少の訓練で普遍的に備えることの出来る“論理”についてなど、それ自体に詳しいことそれ自体で他人と明確な溝を深める知識である一方で、世界についての豊かな理解(同時に、人間はついぞなにも理解できないかもしれないという不安)をもたらしてくれる。これらはすごく似ている。じっさい、当時に比べれば、今の私はとても“開かれ”て、“繋がる”ことのできる人間になれたな、と思う。

 人間の言語活動のいくつかの部分は暗号的と見ることも出来る。言葉の意図をあえて隠蔽するような物言いをしたり、皮肉を言ったり、むしろ何かについて“触れない”という態度を示したり。そして奇しくも、私が哲学の世界に入るきっかけを作ったニーチェの影響を受けた、ヤスパースという哲学者は次のように言う

  「宗教と哲学の歴史には、暗号の文字のようなしかたで、人間の重大な経験が書き込まれており、その意味をくみ取るには自らの深い体験をもとにした暗号解読の方法によらなければならない」ーK. ヤスパース形而上学」『哲学 (第3巻)』

 これ(このblog)は論文では無いので、恐れずにこの言葉を文脈から外して話を進めよう。人間は経験を積むことによって、その体験を意識的にし、深い体験にすることによってわかることが沢山ある。たとえば、さっき話題にもなったニーチェという哲学者の作品『ツァラトゥストラ』はそれが顕著だ。高校生の頃に私が読んだ時よりも、大学生になってからレポートを作るために再読した時の方がよっぽど、納得することが多かった。『ツァラトゥストラ』は、人間の体験が深まると共に読みが深まるようなものだったのだ。これは宗教や哲学の話に限らず、個人がもつ、個人の人生それぞれがもつ、“歴史”についてもいえる。ある人間の歴史はそれ自体で暗号であり、その意味を汲むには、その人自身の体験をもとにする“暗号解読”の方法が必要になる。私は、自分自身の人生をここでしばしば振り返る度に自分自身の歴史の暗号を解読しようとしている、といえよう*5

 今日はすごく長くしてしまった。でも、誰かに私の人生を読んで貰えて、それがなにかの(それこそ移動中などの暇な時間に読んで時間を潰せるようなものとしてでも)役に立てば嬉しい。皆も、自分の歴史と向き合ってみるといいかもしれない。

 

*1:主語がデカイな

*2:有名な「蓋」のスレをリアタイしたのが、唯一の誇りである

*3:これはもともと、当時ドストエフスキーにドハマりしていたため、ロシア語の原典でドストを読みたいという明確な動機があった。

*4:お気に入りの使い方は、まず始めに平文をシーザー暗号化して、それをピッグペン暗号にするというものだった。シーザー暗号は『ダ・ヴィンチ・コード』の著者ダン・ブラウンが書いた『パズル・パレス』で使われていたからお気に入りだった。他にも、ASCIIコードで記述した平文をシーザー暗号にし、暗号の横にちょっとした数式を書いてその解の数値分を暗号に加えることで復号出来るようにするのも好きだった。余談中の余談だが、高一も終わりの冬休み、友達もどきが沢山できてmixiの友達が爆増した時に“お年玉企画”と称して上記の暗号文を公開したが、誰にも取り合って貰えなかった。

*5: (問題解決のために)相談する、という行為は、その出来事について個人によって異なる体験に基づいた暗号解読をしてもらうことで成り立つと言えると思う。つまり相談とは、自分の体験で解読できない暗号を、他の誰かが生きてきた体験に基づいて解釈してもらう試み。